読み手に対して丁寧だと毒が吐けなくなる
先日見つけた記事。
なるほど、自分の記事が幼稚に見えるのはこのせいか、と思ってみたり。
ん?待てよ。
この内容、どこかで見たような・・・。
そうか!macky215さんの記事だ!
ずっと前にこの記事を書いていたmcaky215さんってやっぱすげー!
って早速「すごい」って使っちゃいましたが。
自分の記事の悪いと思われることには必ず原因があるのだと思いました。
『形容詞を多用すると~』の記事の中で興味深かったのは、「ネガティブな表現は控えたほうがいい」ということ。
ネガティブ思考の私としては、要注意案件かも・・・。
かといって、どちらかというと、私はきれいな言葉を並べ立てる傾向があります。
というのは、自分があまり毒吐くのに慣れていないのです。
そういう私が珍しく昨日は怒り狂ってしまったのですが。
それでも「毒を吐く」というとこまでは至っていないように思うのですが、読んでいる人を不快にさせてしまったでしょうか。
でも、言えることはやはり読み手に丁寧でなければ伝わらないということでしょうね。
自分の感じたままを文章を書いてしまうと、形容詞だらけということになってしまうのかもしれません。
またネガティブな表現をすると、そのあとブルーな気持ちのまま、先の文章を読まなければいけなくなるということなんでしょうね。
私は落ち込む系のブログ記事を量産しているところがあります。
ただ、クライアントさんのスタッフさんは「また怒られてるよ~」ってちょっとクスッと笑った(かどうかは定かではありませんが)記事になっているようです。
なので「読んでるこっちまでブルーになったよ」とならないように、気をつけているつもりです。
でも「毒を吐く」と言われるような言葉を使うほうが、読み手にインパクトを与える場合もありますよね。
ちょっと前になりますが「日本死ね!」ってのが話題になりました。
あまりきれいな言葉とはいえないと思います。
でも保育園に入れなかった怒りとか、対策をなかなかしてくれない国に対して、どうしようもなく沸き上がったぶつけようのない思いがよく伝わる言葉だったのではないでしょうか。
だからこそ日本中で話題になったわけですし、私もこの短い言葉に思いが凝縮されていると思うと同時に、どういう事情だったか、全文を読まなければ、という思いにもなりました。
なので、きれいな言葉ばかり使おうとすると、どうしても上っ面な記事になってしまうのかな、という思いもあります。
じゃあ思ったことをそのまま言うほうがいいのかというと、そういうわけでもないですよね。
やはり人を傷つけるようなことはOUTでしょう・・・。
先ほどの「日本死ね!」だって、もし「首相死ね!」とかだったらここまで取り上げられることもなかったと思います。
本当はそういう思いだったかもしれないですけど、そうではなく「日本」という国全体や国の仕組みに怒りをぶつけたのが、共感を生んだのではないでしょうか。
そういいながら、私だってたまに困ったライターさんの話を出すこともあります。
どんなに困ったライターさんだったとしても、その人を公開処刑するほど悪く書けないのが私のいいところなんだか、悪いところなんだか。
でも悪く書くことで、何のメリットもないように思うんですよね。
もう辞めた方を責めてもなにも生まれないし、その記事を読んだら、今頑張ってくださっているライターさんの士気を下げてしまうかもしれないし。
そう思うと、あまり読み手の気分を下げる記事は書けないなぁ、と思うのです。
やはり読み手のことを考えて書くとなると、自然と丁寧になるし、親切な文章になると思うんですよね。
自己満足で終わらず、やはり読む人がいることを意識した記事にしていきたいな、と思います。
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