書けないものは書けない!
以前ライトな記事をライターさんに頼んでいた時期。
ライトというのは、キーワードさえ入っていれば、その内容と少し外れていてもいいし、自分の日常生活のことを書いてもいいし、というものです。
その商品やお店の宣伝をするわけでないので、極端な話、批判を書いてもらってもいいわけです。
そういう記事のライターをやりたいという方がいて、テストライティングもクリアして、いざお仕事を頼みました。
いくつかキーワードをお渡しして、それについて書いてください、とお願して数日後、その方から連絡がきました。
あるキーワードについて調べていると、そのキーワードにある治療法は問題があるという記事を見つけてしまったそうです。
以前、自身でそのような医療記事にすごく振り回されたことがあったので、もし自分の記事を読んで、そのことを鵜呑みにする人がでてきたらどうしよう、と思ったそうです。
なので、今回はそのキーワードにひっかかっただけだけど、今後もどんなキーワードにも対応しなければならないなら無理なので、辞めさせてください、と言われました。
最初に言ったように、ライトな記事のものだったので、もしそういう治療法がよくないと思うなら、そのように書いてもらってもよかったのです。
ですが、もう人の目に触れると思うと責任が重すぎる、というのであれば、それ以上お願いできませんでした。
心の片隅では「融通が利かない人だな。仕事と思って割り切っちゃえばいいのに。」と当時は思いました。
いろいろ書くと裏話になっちゃうので書きませんが、その記事は人に読んでもらうことを目的とした記事ではなかったからです。
でも今、サイトを構成する記事などを扱わせていただくようになったら、その人の気持ちがわかるようになりました。
読者がいる、と思えば、いい加減なことはかけないし、自分のダメだと思うことを信念を曲げてまで書くのは、かなり苦痛なことです。
当時からその人は間違ったことは言っていない、というのは理解していましたが、その人が感じていた責任といったものを今は同じように感じることができます。
扱う記事に優劣がある、というと語弊があるかもしれませんが、ある目的をもって記事作成を依頼します。
でもそれはライターさんにとってはわかりにくい部分でもあり、あまり伝えることもないですし、伝えたとしても、それを器用にわけることができるライターさんはなかなかいないかもしれません。
これは5年ほど前の話で、今はどんなものであれ「いい記事」でなければ利益を生むようなものにならなくなってきました。
なので、今はどんな記事でも妥協はできなくなってきています。
なので、やはり「仕事だから」と割り切って書いてしまったような記事は、もう通用しなくなっているのかもしれません。
もしかしたらその辞められたライターさんは、今でも続けていただいていたら、信念を持ったとてもいいライターさんになっていたかもしれませんね。
【ライターおやかた】